わたしはソリッド#1
わたしはソリッド
わたしはソリッド
と最近いっしょうけんめい心の中で
自分に言い聞かせながら生きている
ずっと言語化しないままに感じていたことが、
最近ともだちから聞いた話をきっかけに
ある意味説明できるようになった
わたしが好きな英語話者の特性や文化は
もしかしたらこれですべて説明できるのかも
日本人はリキッド(液体)で、
欧米人はソリッド(固体)なんだ、
っていう件。
わたしの素地は完全にリキッド(液体)。
なにかに混ざったり溶けたり
蒸発したりすることが容易な性質。
「空気を読む」とか「合わせる」とか
そういう概念はリキッド(液体)特性かも
ソリッド(固体)な人はなにかと中和したりしないけど、
違う種類の成分の中でも変わらずに
自分のままである意味いることができる
日本人は、とか欧米人は、とか
その表現自体がわたしはとっても嫌いなので
(使うこと自体が自分の無知さを露呈している感じがして慚愧に堪えない)
あくまで ”傾向がある” というのみでしかないけど
なんのときでもそう
日本にいてもそう
リキッド(液体)傾向の人とソリッド(固体)傾向の人は見てとれる
(※すべての人をたった2種類にカテゴライズできるとは思っていない)
自己分析上リキッド(液体)なわたしは、
リキッド(液体)の人と出会ったときの中和度が心地よい
話のテンポの流れ方と”感じ”でわかる
ソリッド(固体)の人と面するとき
「おぉ…」となる
でも(人として)惹かれたり面白いと思う相手は割とソリッド(固体)の人
友達として大切にしていきたいと思うのはリキッド(液体)の人
強くなりたい、自我を確立したい、
と日々願っているリキッド(液体)なわたしとしては、
心のどこかでいつもソリッド(固体)な自分になりたいと思ってきた
頑固とか、芯があるとか、自分をもってるとか、
そういう性格の話じゃないんだ
性質のはなし。
リキッド(液体)の人が文字通り「流されやすい」とか
「人に合わせられる」とかそういう解釈ではない
わたしはリキッドだけど
頑固だし芯はある
安直な言葉で描写するならば、
リキッド(液体)傾向の人、あくまでわたしは
新しい環境に慣れるのが得意
(真の意味で慣れているわけでなく、適応が早いだけ)
シェアハウスをするとき、
他人といろいろをシェアすること、
プライベートの一部を公共の場に露出しなければいけないこと、
自分のルーティーンとは異質のリズムと
調子をあわせなければいけないこと
新種タイプのルームメイトとの距離感を模索すること
それらのプロセスで一部妥協したり自分を犠牲にしたり
我慢したり受け入れたり飄々と流したり、
容易に承諾したりする
(例:ルームメイトが掃除をしないから家が汚い、だからたまに私が掃除するしかない、それで済むならそれでいいか…。 /または/ ルームメイトが掃除をしないから家が汚い、でもまたこれもシェアハウスあるあるかもね、不快だけど仕方ない、気にしないことにしよう)
わたしにとってのソリッド(固体)傾向の人たちは、
新しいシェアハウスに来たとき、
わりと元の自分のルーティーンを継続する
自分の「こうでしょ」を主張する
合わない場合早々にその家を出る、という
解決しかない状況になったりもする
(例:ルームメイトが掃除しないから家が汚い、それが嫌だ。許せない。 /または/ ルームメイトが掃除をしないから家が汚い、私が掃除するの?なぜしなきゃいけない?おかしくない? )
うまく合った場合すごく円満な関係で
そこに居続けられる
感じるストレスは少ない
リキッド(液体)の人はうまくやっているように見えて
自分をある程度、トランスフォームしてそこにいるので
そのロストした部分が、
突然ストレスになったりする
海外留学中のシェアハウスのケースは、
実際のところルームメイトにきちんと主張して
折り合いをつけながら、
とはいえお互い家賃を払って各部屋を借りているので、
他の人の生活ぶりを干渉する権利はないということを
承知しなければいけない、
といった『経験』の一部なので、
なんともいえないけれど。
概念としてつまりそういうこと。
(わたしはソリッド#2 に続く)
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