ダイナミックな思考 / Dynamic Thinking


カナダで友人と話していると、

この先このままこの国にいるか、それとも別の国に行くか、

そんなスケール感の話題があたりまえのように存在する。



そんな、国をまたぐ話題につきものなのが、


・両親の現状や意見

・仕事

・恋人

・ビザ

・情勢




そんな材料をテーブルに並べた上で、

それぞれの国の政治や法律を考えた時どちらが得か、

自分のキャリアを考えた時にどちらでいたいか、

自分の中の優先事項はなにか



そんなふうにして思考しながら、

次自分はどちらへ向かっていくか決める



自分で決めて、動いて、

その責任は自分がとる




大人になるとそんな作業の連続だけど、



なんの変哲もないカフェやフードコートで、

どちらの国に住むのがいいか

そんな話を若い子たちがしていることを

客観的に実感すると

そのダイナミックなスケール感が面白い






もちろん仕事の悩みや人間関係、など

些細な日常の中の悩みや人間臭いしょうもない思考は、

誰もが抱えているけれど、



見えている世界の奥行きが

ぐっと広い人が比較的多い




わたしも1年後どうなっているかはわからない。

なりたい自分はCMYKで脳内に描けているけれど


とはいえ。

でもこの感覚が好きである。





カナダが母国ではない友達たちは、

ふとした時に国に戻るかここで生きていくか迷っている


といった相談をしてきたりする。



そんな時いろいろな思考材料を一緒に並べながら、

同じ目線で寄り添って話を聞いてあげられることが嬉しい。




話を一通り聞いたあと、最初に私が思って言ってしまうのは

チャレンジしなよ、というニュアンスの選択肢。


いいじゃん、そのチャンス掴まなきゃ、生かさなきゃ

GO GO!大丈夫だよ



って言ってしまう。



でももう少し思考状況を聞くと、

家族や仕事やビザやお金の複雑な事情が見えてきて、

私も心当たりがあるのでとっても共感し、

難しいよねえ、どうしたらいいんだろうねえ、


ってなる。




最初の「チャレンジしたらいいよ!」の意見は、

きっと事情を知らない、グローバル思考の人が

無責任に言える特権的発言だと思うけど、



最初はみんなそれにちょっと反発する。

私もいつもそう。




でもいろんな懸念材料を洗い出して少したったあとに、


蘇ってくるのは誰かが言った「チャレンジしたらいいよ」の

言葉なんだよね




そんな言葉を糧にして、

またはそんな言葉を言ってくれる人が味方でいてくれることを

自分の拠り所にして、



チャレンジする方向へ足が向いていく




だから同じスケール感の思考の人と

共有しながら考えながら自分で決めていくしかない。




わたしも気持ちがわかるから、

これからこの国で出会うそんな悩みを抱えた友人には、

寄り添って誠実に話しをききながら

真心の言葉をかけていきたい。



縁する目の前のひとりひとりが

幸せになっていきますように。