期待 / Expectation
他人に期待すると、いいことないな。
こうしてほしい、とか
こうしてくれるのではないか、のような
あからさまな期待はさすがにもうしないにしても
自分にメリットのあるかたちでの
「こんなふうになるのかな」
「もしかしてこんな展開になるのかな」
なんていう、
「予想」という名の期待ですら
本当に無意味だ
結局預言者ではないのだから、
予想すればするほど結果は裏切られ(たように見え)、
想像してた様子と違うことに
びっくりしたり動揺したりがっかりしたりする。
でも自分に期待することはよい。
私は基本的になりたい自分が異常にリアルに思い描ける
前述と同じ状況だとしても、
「こんなふうに言おう」
「こんな展開にしていこう」って
能動的な期待をするのは何ら問題がない
そのとおりにならなくたって
まあ「できなかった」という残念感のみが残り
それは自分で処理できる範疇
というのは分かっているけれど
まだまだ一旦は他人に期待してしまうこと多々有り。
途中で気づいてこれは危険、と思いなおし
すべての思考を一時停止して巻き戻し、
自分主体の期待イメージにデータを差し替える。
だけれど当初想像した期待イメージは事実として残っていて、
下書きフォルダにまだいる
それを覚えているから、
ときどきこじらせることもある
いたしかたなし。
それもまた人間?
他人に必要以上に期待しないで、
自分がどうしたいかを絶対的基準にできたら
ずいぶん楽だろうに
どの段階でそこに到達できるのか
それともそれはどこまでいっても到達できないけれど
到達しているかのようにふるまうものなのか
まだわからない
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